鮎川 モフ

 

瀬戶内の海はどうしてこんなに優しいのだろう。
さざ波が波止場に押し寄せることがあっても、潮騒すら立てずに、
ただ柔らかく微笑んで、わたしの心をいつも包んでくれるよう。

尾道の朝は、パトパトパト・・という向島への休むことなき連絡船
の音から始まる。
⻘緑の透明な水道と、対岸の旺盛な緑と、白い灯台。
晴天の⻘空の下、まるで蝸牛のように進んでいく数多の渡し船は、
同時に、この街の緩やかな時間の旋律となっていく。

額に風を受け、しまなみ海道から飛ぶ野鳥を見ていたら、
⻑らく染み付いた想いを、自然と切り放つことができた。
次から次へと新しく運ばれてくるシオを含んだ隔地の空気が、
さらさらと胸を洗う。

満月の日に臨んだ岸辺には、汀も其れ以上のない高さにまで嵩が
上がる。
一隻の舟が浮かぶ静まり返った明るい夜の闇に、
ただその光景を眺めていると、
文明とは異なる元始の世界に立ったような気持ちになる。

爽やかな香気を出づ檸檬のような色のまあるい月に照らされて、
わたしが今、生きていることを実感する。

鮎川 モフ

※フリーライターとして活躍。尾道の滞在に寄せて